以前の本稿において、プラダ・ラフシモンズ・ディオールオムといった今日のラグジュアリーファッションを牽引するデザイナー達の現在地から過去のアーカイブの再評価について考察をしていきました。そのような創作性の高いモードというベクトルとは少し異なりながら、リアルユースに密着した「機能」を「独自性」まで昇華させたデザイナーズブランドは、過去のヴィンテージ・アーカイブも含めて見逃せない存在です。

ミリタリーウェアがデザイナーたちに与えてきた影響と功績

近年の特徴として、ミリタリーウェア…特にヨーロッパを中心とするユーロミリタリーをブランドのアイデアソースとして取り入れ、デザインやパターンメイクの核として用いたブランドの多い点が挙げられます。
すでに広く知られているところで言えば、マルタン・マルジェラの存在が際立っているかもしれません。フランス軍のM-47やドイツ軍のパイロットジャケット、ジャーマントレーナーなど、ユーロミリタリーウェアを取り入れたコレクションはいずれも名作として周知されており、サンプリングの元ネタとなったユーロミリタリーの各アイテムは大きな再評を得るに至りました。
厳しい規格を持つ軍用品としての用途を満たすミリタリーウェアは、裏を返すと無駄を排した実用性と機能美に満ちた、服飾品としてある種の究極さを感じるものです。多くの服を生み出してきたデザイナーに与えた影響も、小さくなかったことが伺えます。

フランス軍 M-47 フィールドパンツ

ミリタリーとテクニカルウェアを結びつけた、マッシモ・オスティの「ストーンアイランド」と「C.P.カンパニー」


現代のクリエイションにおいてはテクニカルウェアのイメージも先行しがちな「STONE ISLAND/ストーンアイランド」や「C.P.COMPANY/CPカンパニー」も、同様にミリタリーウェアからインスパイアされた歴史的出自を持ちます。両ブランドの創業者であるマッシモ・オスティ(Massimo Osti)はもともと膨大なミリタリーウェアやワークウェアの蒐集家として知られ、そのデザインや機能の研究から得られたヒントをブランディングの核として世に送り出しました。”ゴーグルジャケット”や”ガーメントダイ”など、現在のプロダクトにもつながる製品は80~90年代のヴィンテージにも片鱗を見ることができるのですが、デザインの部分では特にイギリス軍やイタリア軍といったユーロミリタリーからの影響を強く感じるユニークな物が多く、「マッシモオスティ期」のヴィンテージ・アーカイブは年々注目度・価値も上がり続けています。

ガスマスクから着想を受けたとされるゴーグルジャケット
アーカイブ展にて展示のあったリネンフェルトデザインジャケット

ミリタリーモチーフのゼロ年代ドルガバ・アーカイブは名作の宝庫

ストーンアイランド・CPカンパニーと同様に現在のプロダクトとは多少趣が異なる過去のアーカイブが名作としての評価を高めているのが「ドルガバ」ことDOLCE&GABBANA/ドルチェアンドガッバーナです。90年代にファッションシーンの表舞台に登場してから以後、アーティストやスポーツ選手といったセレブレティからの支持も広げ、2000年代にはラグジュアリーファッションシーンを牽引する存在となりました。現在においてももちろん存在感は健在と言えますが、その90年代~ゼロ年代のアーカイブの中にはミリタリーウェアをラグジュアリー視点でアップデートした名作と呼ばれる品が多く、近年大きく脚光を浴びることとなっています。空軍のパラシュート部隊が着用していたミリタリーウェアをサンプリングネタとしたパラシュートパンツ・パラシュートジャケットはその筆頭です。また、「ドルガバと言えば」で真っ先に思い浮かぶ一世を風靡したデニムの中でもミリタリーとの融合を表現したパッチワーク系、刺繍や再構築・リメイクといったようなヴィンテージからの柔軟な発想と大胆な表現力は、当時の流行の最前から20年が経とうとする現在でも再発掘を果たされてしかるべきクオリティの高さを感じさせるものばかりで、「ドルガバ」というブランドネームから一人歩きしたパブリックイメージも大きく見直されていくことも考えられそうです。

ドルチェ&ガッバーナのダメージ加工デニムジャケット

新鋭ブランドも着想元とするヨーロッパのストリートカルチャーとアーカイブデザイナーズ

こういったヨーロッパ発祥のデザイナーズブランドの中にはヨーロッパ特有とも言えるカウンターカルチャーやストリートの装いに接近したものも多く見られるのですが、ストーンアイランドなどはその代表例だったと言えます。『フーリガン(=熱狂的ゆえに暴徒化するようなフットボール・サポーター)のユニフォーム』とも称されたストーンアイランドは90年代以降のイギリスの不良像を象徴する存在として認知されていますし、近年においてそのムードを携えてムーブメントを作ったのがロシアのゴーシャ・ラブチンスキー…といった関連性も感じる部分です。スポーティーなテックウェアを纏うヨーロッパストリートの若者像は現在の新鋭ブランドや流行にも大きな影響を与えていますし、近年ではUK LABELのイギリス軍・テクノパンツの流行など、解釈の幅は広がりを見せています。

【GS THE ULTIMATE EXPERIENCE】90年代テクノカーゴパンツ

「90’s」「ネクストヴィンテージ」といった年代論でもアメリカ古着とは違った文化的背景が見れるのがヨーロッパのファッション・ブランドの面白いところです。一つの例としてのユーロミリタリーという側面を切り取っても言える事ですが、集中した範囲の中に多様な文化や人種がミックスされながら多くの国が成り立っているため、それぞれに特有の強い個性が宿っています。「ストリート」「ラグジュアリー」といったようなカテゴライズに当てはまらないようなブランドからも、多くのカルチャーを融解したようなアーカイブが今後も浮かび上がってくる可能性も高く、ユーロミリタリーとその影響を感じるヨーロッパのブランドは今後も注目していきたいジャンルです。